お年寄りの手古くからの「還暦」の慣習のように、歳を重ねると、赤子に戻るようになるともいわれます。

確かに認知症が進むと、しゃべり方や振る舞いが、幼い子供のようになってしまう高齢者もいますが、意識の奥までも童心に返ってしまったと判断するのは早計です。

認知症にもムラがあり、ふたたび改善して、しっかりとした年長者の人格や振る舞いを示すこともあるからです。

つまり、年をとると子供に戻るわけではないのです。

お年寄りへの敬意を忘れないようにしましょう。

呼び方ひとつで意識も変わる

本人のお孫さんや、若い介護職の人達からみれば、特に認知症が進んでしまっている高齢者に初めて接すると、「可愛いおばあちゃん」「子供みたいなおじいちゃん」という印象を受けがちです。

それは昔の本人を知らないわけですから、しかたのないことでもあります.

しかし、高齢者によってはそういう接し方を好ましく受け入れる人たちがいる一方で、なんだか年寄りだと思って軽く見られているように感じてしまう人達も少なくありません。

このような傾向は、必ずしも年長者に対して失礼であるという意味ではなく、「お年寄りだから、難しい政治の話などよりも、昔話のほうがいいだろう」と、先入観だけで判断してしまうのを避ける必要があるということです。

もし、現役時代は学校の教師をしていたのなら、介護ヘルパーの人にお願いして、「先生」と呼んでもらうことで、本人は背筋を伸ばすように、しっかりと受け答えするようになり、認知症の進行を多少なりとも抑制する効果も望めるでしょう。

何よりも、高齢者の尊厳を重視するということが、介護において、軽視してはならない大切なことであるからです。

尊厳を保ちつづけることの難しさ

介護をされる側は、おむつを替えてもらったり、食事介助をしてもらったりなど、自分自身が誰かの世話を受けないと生きていけない立場にあることを日々の習慣で否応なしに自覚させられています。

そういう立場にいながらも、尊厳を保ちつづけるのは容易いことではないはずです。

中には甘えてしまうお年寄りもいて、本当は自分でお箸やスプーンを使って食べられるのに、初めてのヘルパーさんやたまに尋ねてくる家族に対しては、できないふりをして食べさせてもらったりもします。

優しく接するだけではなく、本人ができることは極力させるようにするのが、本当の意味での優しさだろうと思います。

同じ話でも何度も聞いてあげる

尊厳を保たせたり、思い出させたりするためには、本人が自分に誇りを持って生きていたころを回想させるような話題に持っていくことも効果的です。

認知症に関係なく、同じことを何度も誇らしげに語り聞かせるのは、高齢者によく見られる特徴ですので、「もう何度も聞いたよ」などといわずに、多少の忍耐力をもってお話に付き合ってあげてください。

自分の話に耳を傾けてくれる人がいるだけでも、とてもうれしいものなのです。

できれば、相槌を打つだけでなくいろいろと質問したりすると、同じ話をするよりも頭を働かせることになり脳への刺激ともなります。

そして、その副次的な効果として、気持ちに張りもでてきて、いつもより食欲も少し増したりすることすらあります。

会話をするシニアと女性

介護を通して年長者から学ぶ

介護となると、弱い人を助けてあげるという、一方的な見方になりがちです。

それは電車内で、立っているお年寄りに席を譲るかどうか決めるときの判断のように、少しだけ相手を観察する時間を取ることが必要です。

最初から弱者扱いして何でもやってあげることは、介護の現場においては、常に正しい選択とは限らないからです。

同様に、外見だけでなく相手の心の中にあるものも、会話によって理解するように努めて、必要以上に年寄り扱いしないことも大切です。

そうしていくと、認知症が入っている人であっても、年長者として人生に役立つ助言をもらえることすらあるのです。

ライター/エンジェル