ヘルパーと男性在宅介護の場合、介護する者が一人ですべてを抱え込むと、介護期間が長くなれば心や身体に弊害が生じます。

そんな時、ありがたいのが公的な介護サービス。

私は7年に渡り最後まで母を在宅で介護しましたが、それが出来たのは介護サービスがあったからです。

当時を振り返ると、やさしいヘルパーさん達と私の間には、母の世話を通して同士のような絆が生まれていたように感じます。

ただ、母の要介護の程度が進むと、世話をできなくなるヘルパーさんがいる現実にも直面しました。

その介護体験をお話しします。

母の足に突然起こった異変

母の最期の1年間はベッドに寝たきり状態で、要介護の程度は5になっていました。

亡くなる2ヶ月ほど前、母の足が急速に曲がってきました。

そこで大変になったのはおむつ交換です。

足を動かされるのは激痛を伴うようで、母は泣いたり叫んだり、オムツ替えをする者を殴ろうとしたりで、それまで交換に数分もかからなかったのが、人によっては30分以上かかるようになったのです。

私にさえ「親を殺すのか。うらんでやる」といった言葉を浴びせたりするので、認知症と痛みが言わせると思っても、とても辛い瞬間になりました。

交換が済むと記憶がすぐに無くなるので、何事も無かったかのように穏やかになり「ありがとうございました」と礼を言うのでした。

何をされたか母は覚えていなかったでしょうが、ありがとうは母の口癖でもありました。

技術レベルに差があるヘルパーさん

この段階で、予想もしなかったことが起こりました。

ヘルパーさん達が、母のオムツ替えを戸惑うようになったのです。

そしてヘルパーさん達の技術レベルの差が私の目にも明らかになりました。

当時、私は3ヶ所の介護事業所を利用していていて、各事業所がヘルパーさんを派遣してくれました。

その一つは、長年ヘルパーさんをやっていた方が立ち上げた事業所で、50代の彼女とそこから派遣される20代の若いヘルパーさんは本当にプロでした。

母に怒鳴られ、時には殴られても笑顔でテキパキと最短の時間でオムツを交換するのです。

オムツ替えが大きな負担になってきていた私は、慣れる為にはその技術を学ばなくてはいけないと、彼女達がおむつ交換する様子を何度か見学させてもらいました。

根をあげたヘルパーさん

二つの他所の事業所ヘルパーさん達は、母の反応に困惑して母の世話をしている者同士話し合った総合意見として、在宅介護はもう限界ではないかと、私に言ってきました。

自分達の技術が未熟であるというのは頭にないないようでした。

そこで私は、怒りを感じながら、自分の意見を強く彼女達に伝えました。

「実際に、余裕をもって対処できる二人のヘルパーさんがいること、私もその二人から学んで以前よりは戸惑わずにやっていること、皆さんはプロなのだから出来なければ、学んで技術を高める努力をしないといけないのではないか」ということを話しました。

話を聞いたヘルパーさん達は、私に謝り、素直に私の意見を受け入れてくれました。

この出来事で感じたのですが、介護度が高い人達はもっぱら施設に入ってしまい、在宅の人は人数的に少ないのかも知れません。

多くのヘルパーさん達は、介護度が非常に高い人の世話をした経験が乏しくて、母のような事態に接すると、戸惑ってしまうのでしょう。

認知症の人に残っている感情

この出来事には後日談があります。

二つの事業所から、ベテランヘルパーさんのおむつ交換を見学したいという申し出があったのです。

その時、二つの事業所からはそれぞれ一人のヘルパーが代表でやってきて見学すると、私は思い込んで人数を確認しませんでした。

事前に事業所から電話があり、私は母から見えない場所にいて欲しいと言われました。

そこで母の視界に入らない部屋の隅に私は立つことにしました。

時間になって、部屋に入ってきたのは、6人のヘルパーさん。

私はびっくりしました。

その前でベテランヘルパーさんは母のおむつ交換を始めました。

認知症になっても、悲しいとか恥ずかしいといった感情はしっかりあるのです。

大勢の前で足を広げられた母は、

「何を見ているのよ。 見世物じゃないんだ。 ○○(私の名前)さ~ん」

と私の名前を呼び続けました。

私は予想外のことに驚き、母が可哀想で涙が出てきました。

見学に来られたヘルパーさんは、各人性格の良い人達でしたが、こうしたことに関して事業所を含め配慮が無かったのは非常に残念でした。

幸い、母はおむつ交換が済むと、その記憶は消えてしまいましたが、私は事業所に抗議をしました。

申し訳なかったと、担当者は謝りましたが、母が亡くなって5年経った今でも、思い出す度、母には可哀想なことをしてしまったと涙が出てくるのです。

日常的に高齢者の方々を扱っていると、個人の心の部分までは気持ちが回らなくなってくるのかもしれません。

要介護度合いによる状況想定

ヘルパーさん達がおむつ交換の見学をして約3週間後に、母は眠るように部屋で亡くなりました。

最後までヘルパーさん達は母に優しく接してくれ、突然亡くなった時には、涙を流しながらお線香を上げてくれました。

私が在宅介護をやり通すことができたのは、ヘルパーさん達のお陰であったのは事実で感謝の気持ちでいっぱいです。

ただ、母のように介護度が重くなってくると、世話をできないヘルパーさんも出てきますので、最後まで在宅で介護したいと考える人は、介護に関する情報を得ながら、いろいろな状況を想定しておくことも必要があることを覚えておいてください。

また複数の介護事業者とお付き合いをしながら、そのレベルを確かめることも必要不可欠なのです。