錠剤とフルーツ30年ほど一人暮らしをしていた母が、91歳で私の家に移り住んだ時、母が常備薬にしていたのは高血圧の薬のみでした。

「高血圧だから頭が痛いの」

と母がこぼすのを長年耳にしていたので、それは母の日常生活に欠かせない薬と私は感じていました。

2週間ごとに近所のクリニックを訪れ、高血圧用の薬をもらう生活を母は少なくとも20年以上は続けていたようでした。

自宅で転んで大腿骨を骨折し、手術とリハビリ訓練などで3ヶ月病院にいたあとで、我が家での同居が始まりました。

しかし、退院直後に肺炎にかかり再入院、入院中に末期の大腸がんが見つかり手術をするなどで結局3ヶ月病院で過ごすことになりました。

病気とは無縁で長く生きてきた母も、その年は突然体調にいろいろ異変が起きたのでした。

病院で過ごしていた6ヶ月のあいだは、すべて病院にお任せになっていたので、母が入院中も高血圧の薬を飲み続けていたのか、私の記憶は定かでありません。

生きるか死ぬかの大病をした時だったので、その薬に対する私の関心も薄れていました。

高血圧の薬を飲まなくなった母

2度の病院生活を経て我が家に住み始めた母は、その後は体調も落ち着き、短期間たまに入院する以外は私の家で過ごしました。

食べるのが特に大好きだったので、母の食事は野菜と魚を中心にして私が手作りしました。

肺炎と大腸がんでお世話になった病院には退院後も月に一度定期健診に通っておりました。

退院後も高血圧の薬を飲むようにとの指示は特に無かったので、我が家に来てからの母は飲まなくなっていたのですが、気がついたら以前200もあった血圧の数値が正常値におさまっていました。

原因として考えられるのは食事です。

一人暮らしをしていた頃の母は、味付けの濃いものを食べ、朝食を抜かすこともあったりで不規則でした。

それが健康に良いものを三食きちんと食べるようになったので、体質が改善されたのでしょう。

事実、かつては年に1週間は風邪で寝込むこともあったのに、我が家に移り住んでからはそんなことも無くなりました。

リュウマチで痛みが出た母

ところが2年ほど経つと、右手の指に痛みがでるようになりました。

大学病院に連れて行くとリューマチと言われ、痛み止めの薬を出してくれました。

それを飲むと確かに痛みが緩和されるので、私も言われたように毎日きちんと飲ませていました。

異常な食欲で体重増加の母

母は若い頃からすらっとした体型を保っていました。

高齢になり身長は縮みましたが、我が家で同居をし始めた当初でもまだ157センチはあり、体重は48キロくらいでした。

それがある頃から、顔が丸くなり、体重が53キロを超えるようになったのですが、食欲旺盛で健康な証拠と私は楽観的に捉えていました。

母の異常に気付いたのは、私と娘が母を旅行に連れて行った時のことでした。

ホテルの夕食はフルコースで、10皿以上のご馳走が出ました。

次々と運ばれるお料理が美味しくて、皆で楽しく食べていましたが、最後になって釜飯が運ばれてきました。

沢山頂いたあとで、私の胃にはもう受け入れる余地はなく、娘も同様で、ほとんど手付かず状態のままでした。

「多すぎるよね」と言いあって、娘と母の手元に視線を向けたとき、二人の目が点になりました。

母はその時もまだせわしく箸を動かし、釜飯がほとんど空になっていたのです。

驚いている私達に向かって、母は「これじゃあ足りないわ」と不満の言葉を発しました。

こうなると、単なる食欲旺盛では済まされなくなります。何か異常なことが母の体内に起こっていると、私は大きな不安を感じました。

異常な食欲はリュウマチの薬

当時は、リュウマチのお薬を頂く大学病院と定期健診をする癌の手術をした病院の2箇所にそれぞれ月に一度通っていました。

母の異常な食欲の原因が分からなかった私は、定期健診時に担当の医師に心配事を話しました。

医師はすぐに母が飲んでいる薬を尋ねました。

リュウマチの薬しか飲んでいなかったので、そのように答えると、「その薬の副作用です」と医師はきっぱり言いました。

痛みは和らげるけれど、副作用として食欲が増すお薬だそうです。

これ以上太らせると胆石ができるから、薬は飲ませないようにと医師から言われ、薬をやめる決断をしましたが、薬の副作用を最初に説明してくれなかった大学の先生には不信感が残りました。

リュウマチの薬を絶って健康になった母

リュウマチの治療法に関していろいろ情報を集め、母の症状には免疫ミルクが効くのではと判断した私は、免疫ミルクを定期購入して母に飲ませるようになりました。

こちらは副作用が無く、知らないうちにリュウマチの痛みは無くなり、食欲も普通に戻って、健康状態はさらに良くなっていくようでした。

薬の怖さを認識した私は、その後は食事の内容に気をつけながら、免疫ミルクと必要と思われるサプリメントをいくらか飲まるだけでした。

在宅介護を始めて7年後に、母は安らかに眠るようにして亡くなりました。

母の様子を傍らで見続けてきた私には、いわゆる薬を飲まなかったことで、母は98歳まで穏やかに過ごせたように思えました。

ライター/auntysunflower