ベンチに座るシニア未婚者の場合も既婚者の場合も、親の介護と同居の問題については、事前に多少なりとも考えていながらも、なかなかお互いに言い出しにくい話題のひとつでしょう。

さらに最近は子供の世話にはならずに、自宅を売却して老人ホームへの入居する計画を立てている親たちも徐々に増えてきているようです。

その動機としては、子供に負担をかけたくないという思いもあれば、息子や娘の配偶者への遠慮や、実の子供や義理の家族よりも、プロの介護士にまかせたほうがいろいろな意味で確実だと考える人もいます。

よく、「嫁と姑が仲良くできる確率は、ほとんどゼロに近い」とも言われるように、老人ホームにいたほうが気が楽だと思う人もいます。

誰もが満足する選択肢はないもの

けれども、介護と同居の問題は、個人の考え方や人間関係の都合が常に優先されるとは限らず、金銭的な事情や、職業の関係で否応なしに選択肢が限られてしまうケースのほうが多いものです。

問題が大きくなってしまうのは、選べる道がひとつしかないにもかかわらず、介護される側が不満を持つ場合です。

たとえば、「長男の家族と同居したいのに、老人ホームへの入居を勧められた」とか、「老人ホームに入りたいのに、お金がないからと言われ、田舎の実家を売却して、息子夫婦と同居するように求められた」などというものです。

認知症で助長される疑心暗鬼の心

私の親戚の夫婦の場合は、さらに複雑な経緯をたどりました。

その夫婦は、お見合いサイトで出会って結婚しましたが、最初から夫(長男)の高齢の母との同居が条件となっていて、お互いに同意の上で入籍していました。

ところが、夫の母が難病となり、寝たきりになってしまい、共稼ぎの夫婦の家では在宅介護が難しくなりました。

そこで、母親が亡夫から相続したお金をもとに、民間の老人介護施設へ入所することになりました。

母親のほうは、最初こそ「嫁に気を遣わなくて済むから、老人ホームのほうが自分も気楽だ」と、まんざらでもない様子でした。

しかし、そのころから認知症の影響も出てきて疑心暗鬼になることが多くなり、「私を家から追い出すために老人ホームに入れたんだろう」と愚痴をこぼすようになりました。

それでも嫁のほうは義母の心無い言葉に反発をせず、できるだけホームに足を運び、世話を手伝ったり、好みの食べ物を買って届けたりしていました。

残念なことに、母のほうはそれを当然と受け止め、感謝の言葉をかけることもほとんどありませんでした。

結果的には、在宅であろうと老人ホームに入所しようと、嫁と姑の複雑な関係は変わらずに最後まで続いたわけです。

夫の姿勢が鍵となる

事態がより悪い方向にいかなかったのは、息子であり夫である男性が、中立的な立場をとって母親と妻の間をとりもつ潤滑油になるように努めていたからでもありました。

もし彼が母のいうことだけに従っていたり、妻をかばうような態度を常にとっていたりいたら、どちらかが悲しい思いをする結果となったでしょう。

そういう意味では、たったひとりで親の介護をしている人の場合は、余計な人間関係に振り回されることはないとも言えます。

しかし、その分自分が倒れてしまったら、親の世話をしてくれる人が誰もいなくなるから大変なことになってしまうという、大きな不安を抱えての介護生活ともなります。

実母の介護のほうが大変となる理由

介護の実態を狭い範囲でしか知らない人たちは、「親は実の子供が面倒みるのが一番」と胸を張って言ったりしますが、それはむしろ逆のほうが多いはずです。

血のつながりがあるからこそ、適度な距離を保つことが難しくなり、必要以上にお互いに向き合い過ぎてしまうからです。

「親しき仲にも礼儀あり」というのは、実の親を介護する際にもいえることだと多くの介護経験者が実感しているでしょう。

それは単に、親子だから遠慮なく物を言い過ぎるということだけはなく、何十年間も共に過してきた間柄であっても、介護をする側になって初めて親の心と真正面から向き合うことになる場合が多いからです。

さらに、介護ヘルパーにとっては、相手は最初からお年寄りの男女であり、お客様でもありますが、実の息子や娘にとっては、昔の元気でしっかりしていた親のイメージがしっかりと脳裏に焼きついていますので、衰えていく姿を受け入れていくことに抵抗を覚えてしまう苦しさもあります。

親の介護と同居の問題については、双方にとって適度な距離というものがあるということを念頭において、できるだけお互いの心の負担が少なくなるように、経済事情も考えながら、バランスがとれた最善の道を選択するようにしていただきたいと思います。

ライター/エンジェル