会話をするシニアと家族自分の親が認知症になってしまったという事実は、生まれたときからずっと親を見てきた実の息子や娘にとっては、受け入れ難いものであるのはしかたがないことです。

そして、当事者の本人ですら、自分が認知症になっていることは、周囲から指摘されるまで自覚できないこともあり、年齢のせいとはいえ、ショックを受けてしまうこともあります。

しかし、少しでも進行を遅らせて、できれば改善させようと家族全員で取り組めば、一定の成果をおさめることも決して虚しい望みではありません。

改善への希望を持つこと

ただ、認知症の進行は砂時計のように、気づかないほどゆったりとしたペースで徐々に進行していきます。

最も効果的な予防改善策は、脳に刺激を与えることです。

もちろん、電気ショックなどではありませんが、実際のところ、会話をすることで、脳に活発な電気信号が伝わっていますので、小さな電気ショックによって脳が活性化しているともいえます。

かつてお茶の間の人気者となった、100歳のきんさん、ぎんさんも、マスコミに騒がれる前は、認知症がかんり進行していたにもかかわらず、いろいろな人たちと接することで脳が刺激を受けて、認知症が改善されたといいます。

傾聴ボランティアの利用

ただ、絶えずいろいろな人たちが訪ねてくる有名人とは違って、在宅介護のお年寄りや介護施設でも車椅子での移動しかできない状態の高齢者の場合、一日のほとんどを、自室でぼんやりとテレビを眺めて過ごしている人が多いのが現状です。

たとえ家族が何人もいても、それぞれ仕事や学校などで忙しく、施設の職員も大抵は人員不足でバタバタしていますので、ゆっくり時間をかけて会話をしている余裕のある人はなかなかいないものです。

少し前まで、そのような状況で在宅や施設で父母の介護をしていた私は、公的機関がバックアップしている「傾聴ボランティア」というものを母のために利用したことがありました。

週に何度か、1時間ほどやってきてお年寄りのお話に耳を傾け、会話をすることを目的とした無報酬の試みです。

事前に研修を受けた中高年の女性たちが中心となって、ボランティアとして活動しているようでした。

最初は講師の女性が高齢者本人と面会をしにきて様子を確認し、その次から傾聴ボランティアがやってきました。60代くらいの穏やかそうな女性だったそうです。

意外な盲点に気づく

そしてその傾聴ボランティアと母との会話の初日が終わり、私が仕事帰りに施設を訪ねると、母が何ともいえないような怪訝(けげん)そうな表情で私にいいました。

「何だか、変な人が来たんだよ。あなたから頼まれたっていうんだけど、私にいろいろ質問してばかりで、自分のことは何も話さないの。
私が『あなたのことも教えて』というと、『話すほどの者ではありません』といって、何ひとつ語らないの。
気持ち悪いからもう来させないでほしいの。」

私は驚いて、すぐに講師のところへ連絡をし、

「傾聴というのは、その言葉のとおり、ただ耳を傾けるだけで、自分のことは何も言わないのですか?」

と尋ねたところ、

「いえ、そんなことはありません。派遣した女性はよく理解していなかったのだろうと思います」

とのことでした。

そして週末に施設を訪れた私の兄も母から苦情を受け、兄は私に電話をしてきて、

「個人のプライバシーを聞き出そうとする目的の人かもしれないから、今後は傾聴ボランティアを頼まないでほしい」

と強く命じてきました。

親の気持ちになって考えてみる

もちろん、よこしまな目的で傾聴ボランティアになる人は少ないはずですが、無報酬でプライベートな空間に招かれて、認知症が進行しつつある高齢者からいろいろな情報を聞き出せるという立場となることは事実ですので、私はその後は利用をやめて、たとえ短時間でも自分自身で母と話をするように努めました。

そうして気づいたのは、短い時間でも、わが子が○時に会いに来るという予定を事前に知っておくことで、テーブルに覚え書きの張り紙をして、そのときを楽しみに待ってくれるようになりました。

無理のないやり方で、バランスをとる

親切なボランティアの人たちとの1時間の会話も、いろいろと新たな刺激があって、認知症の改善に役立つものであろうと思いますが、たとえ30分でも時間をやりくりして、実の息子や娘などが顔を見せにいくことも、同等かそれ以上の効果が望めるように思います。

それと同時に、やがて親が旅立ってからも、「忙しい中を、できるだけ会いに行ったっけ」と、自分なりに最善を尽くしてきたことを、振り返ることもでき、「もっといろいろやってあげたかったな」という、誰にでもある後悔の気持ちをやわらげることにもなるでしょう。

介護は、決して無理をしてはいけませんが、無理のない範囲でベストを尽くすことと、外部の人たちの協力も積極的かつ慎重に得ていくことのバランス感覚が大切であると思います。

ライター/エンジェル