家庭のトイレ91歳の母が私の家に移り住んで98歳で亡くなるまでの7年間、私は単独で母の介護にあたりました。

高齢になっても母は非常に健康で心も元気だったので、母に介護が必要となる時がくることなど、想像できませんでした。

しかし、母を介護する日は突然訪れ、私は心の準備が無いまま、手探りで母の世話を始めました。

そんな状況で頼もしい味方であったのが、介護サービスで派遣されるヘルパーさん達でした。

最後まで自宅で母の世話をできたのはヘルパーさん達のお陰ですが、特に自分の介護負担を軽くするきっかけとなった一つの出来事をお話します。

介護の情報は早めに得ておく

母は91歳まで、実家で一人暮らしをしていました。

約束したことなど忘れやすくなっていましたが、自立心が強く至って健康なので、私が週に3~4日通って世話をすることで、まだしばらくはその暮らしを続けられそうでした。

でも母に何かがあったら、私一人で対処できるか不安もあったので、ある時、母が住んでいる地域の介護サービス担当者に連絡をして、自宅で説明してもらう機会をもちました。

介護のきっかけは大腿骨骨折

ある日、部屋で転んだから来て欲しいと、母から緊急電話。

立ち上がれないので、受話器まで這って移動し、やっと私に電話をしたそうでした。

急いで自宅に直行すると、電話の傍に母がうずくまっていました。

どうしてよいのか分からず、私は自宅で一度お会いした介護サービス担当者に電話を入れました。

担当者はもう一人のスタッフを同行してすぐに来てくれました。

母の様子を見るなり、入院になるから準備をするようにと私に指示を出し、救急車を手配しました。

テキパキとやって下さり、本当に助かりました。

高齢の親がいると、いつ何時不測の事態が起こるか分からないので、周囲に相談できる人がいないのなら、早めに地域の介護サービス関係者とコンタクトを取っておくことをお勧めします。

母は、病院で大腿骨の骨折が分かり、その後手術やリハビリで3ヶ月程入院することになりました。

介護の日々の始まり

退院を機に、母は私の家に移り住むことになりました。

当時私は自分で立ち上げた仕事を主として自宅でやっていたので、介護サービスを利用して母の世話をしながら、仕事を続けたいと考えました。

91歳の母は、歩行に杖が必要になり、認知症が出ていたので要介護3に認定されました。

紙パンツの使用を拒否する母

在宅介護が始まった当初1年ほどは、仕事時間は減ってしまいましたが、どうやら続けることが出来ました。

その頃大変だったのは、下の世話です。

昼間はそれ程粗相をしないのですが、毎朝部屋に行き、ベッドをチェックすると、尿や便でシーツが汚れていることが増えてきたのです。

仕事で早朝に地方出張する時は、汚れたパンツやシーツを出かける直前に洗うので、その時間を見越して早起きしなければなりませんでした。

夜だけでも紙パンツにしてくれたら楽だなあと、母に何度かそれとなく勧めてみるのですが、「いやよ」と即答で拒否されてしまうのでした。

こうしたことは母の尊厳を尊重しないといけないので、仕方が無いかと諦めました。

突然の状況変化

ところがある日、状況が突然変わったのです。

その当時、母をお風呂に入れるのは、週に何度か通いのヘルパーさんでした。

ある日、お風呂係のヘルパーさんが来た時のこと。

「娘が私の洗濯で大変なの」と母が言ったそうです。

認知症になっても、母の頭の隅には私の負担を軽くしたいという思いもあったのでしょう。

ヘルパーさんは、「近頃は便利なものがあるので、娘さんも楽になりますよ」とやさしく応答して、すかさず紙パンツを用意して、母をお風呂に入れました。

身体をきれいにしてもらい、気持ちの良くなった母は、ごく当たり前に紙パンツをはいたようです。

その日を境に、母は当然のように紙パンツをはくようになり、私の介護負担は格段に軽減されました。

問題の共有をして、ヘルパーさんと協力する

親が紙パンツをはいてくれたら楽になると思っても、介護者が子供であるとなかなかそうしてもらえないケースが多いようです。

こうした問題をヘルパーさん達と共有しておくと、側面から協力してもらえたりしますので、日々ヘルパーさんと交わす連絡ノートにも書いておくと良いでしょう。

お金を払ってヘルパーさんに来てもらってるのだから当たり前だという思いは捨て、ヘルパーさんと協力することによって介護される側の気持ちを考えた行動が可能になります。

もちろん優秀なヘルパーさんに出会うことが大切ですが、お互いのために情報、問題の共有はしておきましょう。

私の7年に渡る介護の日々で、特にありがたくヘルパーさんに感謝した出来事の一つでした。

ライター/auntsflower